MATSUMOTO LAB.

水素を通じて社会貢献を
果たすことが、Ultra-High Purity
の使命。

大分高専教授・取締役
松本
Matsumoto Yoshihisa
佳久

Profile

独立行政法人 国立高等専門学校機構 大分工業高等専門学校 教授/副校長(教務主事)

1985年 大分工業高等専門学校(大分高専)機械工学科 卒業、1989年 豊橋技術科学大学 大学院工学研究科 生産システム工学専攻 修了。1999年 名古屋大学 大学院工学研究科 博士(工学)取得。同年、大分高専 機械工学科 助手に着任。2005年 米国ノースウェスタン大学や産業技術総合研究所の客員研究員として金属・材料工学の研究に従事。2008年 大分高専機械工学科 教授に就任。2018年に日本金属学会で技術開発賞を受賞した「バナジウム合金膜を用いた大容量超高純度水素分離デバイスの開発」の基礎研究・開発実績をもとに、2024年 株式会社 Ultra-High Purity の立ち上げに参画。同年 11 月には、高専機構クロスアポイントメント制度にて、同社の上級主席研究員を務める。高専機構、大分高専、Ultra-High Purity とこれまでの産学を超えたスタートアップ事業にアグレッシブに関わっており、これらの活動を通じて、高専での研究成果の社会実装を実践している。

大分工業高等専門学校 松本研究室

MOTTO

  • 金属材料の先進技術で地域水素利活用社会の構築に貢献
  • 水素が人を作り、生活を支え、事業を発展させると信じ、活動
  • 環境配慮型社会システム構築に向けて先端研究の社会実装を進める

PASSION

水素の能力を活かせば、多様な社会課題が解決できる。
その思いに応えたのは、優れた水素透過性能を持つバナジウム。

私の研究のルーツは水素脆化(金属が水素でもろくなる)現象であり、どのような金属もしくは合金が水素の影響を受けにくいのだろう、という素朴な疑問への探究でした。水素への興味は、エネルギーやエコロジーに関連する多様な社会課題を解決し得る可能性を秘めているのではないか、という期待感から生まれました。研究を続けていくうちに、既存の技術に用いられていたパラジウムの約10倍にも及ぶ、バナジウムの水素透過性能に気づき、私は確信するに至ります。バナジウムによって、コストをはじめとする水素エネルギー普及の課題が一気に解決するに違いないと。

私の心の奥底には、自分の研究成果である技術を社会実装することで、世の中のために貢献したいという思いがあります。Ultra-High Purity社が位置する、ここ大分は、臨海部にある石油化学コンビナートから水素を含む大量の混合ガスを排出しています。他にもバイオマスや廃棄物資源など、さまざまな水素源を有しており、企業としては地の利を活かせる特別な地域です。私たちが開発した技術を最大限に活かして、まずは近い将来、大分における地産地消による水素社会の実現をめざしたいと考えています。

しなやかな、バナジウム合金薄板
さまざまな形状の、バナジウム(合金)水素分離膜

EVIDENCE

バナジウム本来の特性を活かしながら、課題を解決する技術。
それが、ウルトラ高純度水素精製技術「VASA-UHP」。

私たちの研究チームは、水素透過という物理現象によって水素を他のガスと分離する試みに長年取り組んでいました。強靭で耐食性がある第5族に着目し、その中でも水素原子(一部、イオン)のみを溶解・透過させる能力を持つバナジウムをベースとした合金の開発を進めてきました。純金属としてのバナジウムは展延性に優れ、成形しやすい一方、水素を多量に吸蔵する余り、膜材料そのものが膨張してしまいます。この膨張は、水素分離モジュールを構成する際に大きな障害となり得ます。そこで、バナジウム本来の特性を活かしながら、耐久性向上という課題を克服するための解決策として、合金化を選択しました。

Ultra-High Purity社は、バナジウムの合金化を採用した独自の精製技術「VASA-UHP」を開発しました。この技術によって350℃の運転温度でも水素の溶解量が抑制され、より高い原料ガス圧力を加えることが可能になり、水素の精製速度が向上します。また、純バナジウムに比べても母相組織が安定しており、耐久性に優れています。さらに多元系の合金化により、純度9Nも達成可能と予測しています。超高純度水素を得る方法は他にもありますが、金属膜分離法なら工程をシンプルにでき、たった1段で6N以上の超高純度が得られます。膜材料を比較すると、バナジウム合金には、パラジウム合金よりもコストを低く抑えられる利点があります。私たちは、「VASA-UHP」により、6N以上の超高純度水素を求める現在の、そして未来の産業界の期待に応えます。

水素純度の初期測定は、誘電体バリア放電イオン化検出器を備えたガスクロマトグラフ質量分析計 (GC-MS)を利用
3本の電極を備えたトリアーク炉で合金試料の溶解が可能

HISTORY

自然に学ぶ材料の素描、5族金属との出会い、
そして水素エネルギー材料への展開。

クロムに関する研究が私のスタートとなりましたが、その後に自分が人生をかけて取り組むテーマである水素脆化現象は、クロムの研究でも既に指摘し、学位論文にも記載しています。それから暫くはクロム合金との闘いでした。様々な環境下で金属や合金の機械的性質が変化することを実験で調べていたところ、大学や高専の研究仲間から「水素が透過する材料についても検討してくれないか?」との依頼があり、特殊な試験治具を検討することから、水素分離膜材料との出会いが始まりました。

渡米後は、米国ノースウェスタン大学材料科学工学科の客員研究員として発泡金属(アルミニウム合金)の研究を展開しました。この頃、地球温暖化の問題が世間で盛んに議論されるなど、水素によるエネルギー転換などの関心は高まっていましたが、まだ大量エネルギー消費時代の最中であり、水素社会の到来は全く予想されていない状態でした。

ロシアとの二国間交流事業共同研究プロジェクトでは、ロシア科学アカデミー固体物理研究所と交流するなど国際的な活動に取り組んできました。この頃、ニオブの水素透過や水素脆化の研究を盛んに行っており、水素の溶解度が原因で生じる延性−脆性遷移現象を発見しています。

最近では、再生可能エネルギーを活用した水素製造研究に関する情報交換のため、スペイン領のカナリア諸島にあるグランカナリア島を訪問し、カナリア諸島技術研究所(ITC)にて研究所長や研究員らとPower-to-Gas(P2G)システムの技術開発及び実証研究に関する意見を交わしています。このように、水素利活用社会の到来を徐々に肌で感じながら、最新の研究開発に邁進する毎日です。

1999
周期表6族に属するクロムに関する研究で博士(工学)学位を授与されました。
2003
この頃までは、合金も含むクロム(Cr)の研究に携わっていました。延性−脆性遷移温度(DBTT)が環境によって変化すること、水素ガス中で水素脆性を示すことを発見するなど、専ら6族金属の物性の変化を追いかけていました。
シングルアーク炉によるクロム(合金)の溶解
2004
大学や高専の研究仲間から、ニオブ(Nb)水素透過膜の機械的性質評価の相談を受けました。当時は真空中や水素環境中での評価装置がなく、世界初のオリジナルな試験治具(in-situ小型パンチ試験装置)を設計し、製作しました。
この治具を万能試験機に取り付け、世界で初めて、水素の溶解度に対する金属材料の延性の変化を測定し、ニオブの延性−脆性遷移水素濃度(DBTC)を発見するに至りました。
水素で脆化したニオブ
ニオブは激しく水素を吸って破壊した
in-situ小型パンチ試験装置の外観と構成
2005
渡米し、シカゴ近郊のノースウェスタン大学でMIT出身のDavid C.Dunand先生に師事。様々な金属発泡体の斬新なプロセスの開発を目の当たりにし、後の水素分離薄膜の支持体形成プロセスのヒントを得ることができました。
オープンセルAl合金のアルカリ溶解(リーチング)
2006
JSPS二国間交流事業共同研究プロジェクト(ロシア(RFBR))にてロシア科学アカデミー固体物理研究所と交流し、超高温用複合材料の共同研究に参画しました。
超小型単結晶引上げ装置の心臓部
超高温用複合材料繊維
2008
バナジウム(V)やタンタル(Ta)といった5族金属にもニオブ(Nb)と同じようにDBTCが存在することを確認し、またこれらの元素をベースにした合金でも同様な遷移現象が存在することを明らかにしました。これらの知見は、後の水素分離膜材料の合金設計の指針や運転条件に資する有益な情報として、評価されることになります。
5族金属のニオブやバナジウムの水素溶解による延性−脆性遷移濃度の発見
2009
金属水素分離膜のアコースティック・エミッション(AE)ウェーブレット解析による構造ヘルスモニタリングと脆化機構解明という研究テーマに着手し、高い圧力のかかる水素環境下で膜破壊が起きる時に発生する超音波の特徴を抽出することに成功しました。また、これが膜の健全性評価にも使えることを明らかにしています。
AE原波形を用いた損傷解析(概念図)
水素雰囲気その場引張試験装置の内部構造
460℃(733K)の真空中でNbを引張試験した際のAE原波形解析
2012
水素分離膜のコンビナトリアル高温耐久性評価法の構築と固溶水素脆性遷移機構の解明というテーマで研究活動を展開しました。その結果、水素透過材料に溶解した水素が組織不連続域や転位などの欠陥にトラップされることで、破壊に対する抵抗が引き下げられた可能性があることを見出しました。また、新しい設計・評価指針で創製されたV-M系合金膜が、いかなる脆化も示さない条件の下で水素分離装置として運転可能であることを示しました。
Nb合金の真空中および各水素固溶SP試験後の破壊形態
2014
科学技術振興機構の戦略的創造研究推進事業(JST-CREST)のプロジェクト「キャリア再生可能エネルギーからのエネルギーキャリアの製造とその利用のための革新的基盤技術の創出」の研究領域において、「バナジウム系合金膜による次世代エネルギーキャリアからの革新的水素分離・精製基盤技術の創出」のプロジェクトに参画しました。ここでは大容量超高純度水素分離デバイスの開発に成功しました。
V合金膜6枚で0.74Nm3/hr.の水素分離流量を達成した水素分離デバイス)
2015
高圧アロトロピー組織制御した5族水素分離膜の水素透過能評価と水素環境in-situ SP(C)試験による機械的特性の定量評価と耐久性評価、超微細結晶粒による特異な物性の発現機構解明を目指した研究を行いました。その結果、5族金属への高圧ねじり(HPT)加工で結晶粒径が数100nmの微細結晶組織を形成することや、熱処理にてランダム粒界が増加し、水素透過係数に粒径依存性が現れることを明らかにしました。
高圧ねじり(HPT)加工の概略
HPT加工したバナジウムの組織変化
2019
Vの高圧すべり(HPS)加工(ε>10)で200〜500nmの結晶粒サイズに微細化が可能なこと、水素透過係数は無加工材の3倍以上で透過後表面も健全なことを明らかにしました。
バナジウムの高圧すべり(HPS)加工
2020
物質・材料研究機構(NIMS)の連携拠点推進制度を利用して、バナジウムやパラジウムを使った水素分離膜にオペランド水素顕微鏡による透過水素の観察手法を適用し、水素分離膜の特性評価を顕微鏡レベルで行っています。この成果を将来のバナジウム合金の組織制御に繋いでいき、革新的な水素分離性能を発揮する水素透過膜を見出すことをミッションとしています。
オペランド水素顕微鏡(OHM)の外観